故・田宮二郎さんの長男 柴田光太郎さん「心臓の手術で一度命を落とした」

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 スター俳優として活躍しながら1978年、主演ドラマ「白い巨塔」(フジテレビ系)放送中に衝撃的な自殺を遂げ、世間を驚かせた故・田宮二郎さん。その長男の柴田光太郎さん(53)は95年にワイドショーで芸能界デビューし、父親譲りの高身長&イケメンで注目された。最近、あまり見ないが今、どうしているのか。

  ◇  ◇  ◇

「心臓の切開手術を終えて退院したばかりなんです。3年前に心臓の弁膜症と高血圧を指摘されまして、高血圧の薬を飲んで『自分は大丈夫』と暗示をかけていたのですが、弁膜症は自然治癒が利く病気ではないので、病院から『そろそろ危ないですね』と言われ、手術に踏み切りました」

 JR大森駅そばのカフェで会った柴田さん、まずはこう言った。手術は心肺停止4時間を含む7時間半に及び、翌日からICUでリハビリを始めたそうだが、今もリハビリ通院を続けるほか、過度に体を使うリハビリを避け、なるべく自宅で安静にするよう医者に言われているという。

「でも、ジッとしているのは苦痛で、自転車に乗ってファミリーレストランとかに出かけ、ドリンクバーを頼んで、ひたすら大学入試問題を解いていますよ(笑い)」

 なぜ、大学入試問題集?

「品川区にある青稜高校という進学校で週5日で22コマと、最難関の東大や京大に合格させるための授業を4コマ担当していまして、9月には心身ともに現場復帰しなくちゃいけないんです。ほかには夕方から夜までTOMASという個別指導塾で14人ほど指導を行っています。いわば、合格請負人みたいな仕事をしています。青稜高校は3年前から、TOMASはもう16年になりますね」

 柴田さんは学習院大学大学院でイギリス文学を専攻し、デビュー前も学習院中等科・高等科で英語の先生をしていたのだ。

「芸能界は待つのも仕事ですが、オファーを待っている時間が長い。30代の持つパワーと時間を無駄にしたくないなぁと思い、芸能活動と並行しながら教壇に立つことにしました。青稜高校で教える前は、今年、ジャガー横田さんの息子さんが受験したことでも有名になった港区の広尾学園高校で、学校の立ち上げから8年間教えました。教える技術はそこで学びました」

 36歳の時、10歳下の介護職の女性と結婚。1男2女に恵まれ、都内のマンションに家族5人で暮らす。

「優しい父親? いや、“口出ししない父親”です、ハハハ。朝7時半に学校に出て、夜は11時に帰る毎日ですから、家にあまりいないんですよ。子どもたちも長女はベースギター、次女はダンスやハンドボール、長男は野球に打ち込み、みんな忙しくて、夏休みといっても……揃って外食できるのは1日だけ。家族で旅行なんていうのは夢のまた夢になってしまいました」

 芸能活動の方は?

「長期の仕事をお受けするのが難しく、単発とか、ここ10年は企業のイベントのMCを日本語と英語でやったりしています。それで、あまりみなさんにはお目にかかれないかもしれませんね」

「父は毎晩、厳しく英語を教えてくれた」

 さて、柴田さんは29歳の時、父・田宮二郎さんの代表作「白い巨塔」のプロデューサーの勧めで、ワイドショー「おはよう!ナイスデイ」(フジ系)の司会者としてデビュー。MC、俳優でも活躍した。

「若い頃は“親の七光”と言われるのがイヤでしたが、父のおかげでこの世界に入って、いろんな出会いがあり、いつも守ってくれているなぁと思います。英語も父親が教えてくれました。学習院初等科5年生で英語を習い始めた時、“C-”の成績に怒った父親が、毎晩、仕事から帰ると寝ているボクを起こし、午前2時ごろまで、頭をパコーンと殴りながら教えてくれました。あんなに厳しい父は見たことがなかったですね」

 弟で俳優の田宮五郎さんは、5年前にくも膜下出血で急逝した。

「街中で弟と似た人を見かけると、弟のことを思い出します。父親も弟もアッという間に亡くなり、人の命ははかないなぁと。でも、おかげで死への覚悟がついたというか、自分も今回、心臓の手術で一度命を落としたので、家族や自分が抱える生徒に対しても、そして自分にも、嘘と後悔のない人生を送れればな、と思っています」  

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